更新日:2020-09-02 仏教お釈迦さまBuddha仏陀生誕会花まつり存在価値尊厳

天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)

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WRITER 境大雅(さかいひろまさ)
代表取締役
日本の覚者として、大自由を生きる 大学卒業後16年間、宗教家としての経歴を経て、2011年7月New Reality Inc.を設立。 スピリチュアルケアマスターとして、日本における覚者の一人として、 日本人の覚醒をサポートする一役を担っています。 また、101キャンドルライト(株)代表取締役、 別法人キャンドルライト内では、師より「生きた釈迦のようでありなさい」との願いの元、ID【三寶:サンボ】を授かる。 *注:三寶とは、佛宝・法宝・僧宝の三つの宝である三寶帰依に由来しています。
天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)

天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)

祝:三日坊主クリアー!

世の中にいろんな言葉が残されているかと思いますが、
今の私にとって一番印象に残っているキーワードは、はい。
「三日坊主」です。

おかげさまで夜の「執筆活動」という時間を毎晩設けて、自宅からあちこちを移動しつつ、その日その場で気に入った根城を確保し、文書そのものの内容とこのコラムのフォーマットに合わせた文章の見え方の構成をあれこれやっておりますと、だいたい気がつけば3時間から3時間半ほどの時間が過ぎてしまっていました。
その時間は私にとってはとてもあっという間で、コラムが出来上がっている感じではあります。

まずは決めたことを3回ちゃんと継続してやってみる。
三日坊主が続けられれば、「自ずと継続は力なり」とアウトプットの機会として貴重な勉強を私もさせて頂いております。
もし何かございましたら、お気軽に弊社のお問い合わせのページにアクセスして頂くか、websiteの右上に表記されておりますメールアドレスをクリックするとメッセージが送れます。
そちらへ感想やリクエストをいただければ幸いです。メールの内容は必ず目を通させて頂きますので、気楽な気持ちでコンタクトしてください。私もとても嬉しいです。

NewRealityInc.インフォメール
info☆newrealityinc.com(☆を@へ変換)

それでは、今日もよろしくお願い致します。

実はそのキーワードは違う所で発せられたって知っています?

天上天下唯我独尊

我は世界のうちで最もすぐれた者であるの意。釈迦が誕生するとすぐに、四方に七歩歩み、右手で天を指し、左手で地を指して唱えたといわれる詩句。誕生偈 (げ) 。

元来、「天上天下唯我独尊」は、釈迦が言ったのではない。釈迦以前に出世したといわれる過去七仏の第1仏である毘婆尸仏(びばし)が誕生した際に言ったとされる。
しかしそれが、釈迦が生まれた際に、他の人々がそのように讃嘆したという説が生じて、のちに釈迦自身が誕生直後に自ら言ったと信じられるようになったものである。

天上天下唯我独尊

この釈尊が産まれた際に、誕生偈(げ)として「天上天下唯我独尊」という教えが生まれたと昨日まで私は理解しておりました。
しかし、実はこの教え、エピソードは後々から誕生した後付けのストーリーだったようです。

ではだからと言って、その教えそのものの存在意義や存在価値、エッセンスが偽物であるかという話ではないと私は解釈しております。

天上天下唯我独尊(テンジョウテンゲユイガドクソン)

天の上にも、天の下にも、ただ私がかけがえのないたった一人の存在で、とても尊い存在である。
つまり、人間一人ひとりの尊厳が発せられたと解しています。

私もかけがえのない存在だからこそ、目の前にいてくださる貴方もまた、宇宙でたった一人しかいない尊い存在です。

と、私は釈尊から投げかけてくださっているとずっと受け止めて、私の生きる指針としてこの教えが私の心の中に存在して下さっております。

ではその私とは誰ですか?

私って誰?私って何者??

20才の頃からいつも私は自分自身に対して、こんなことを思いながらその答えを探してきました。
「私はどうしてこの時代に生まれ、どうしてこの家庭に育ち、どんなことを成すために、ここにいるのだろうか?」
「なぜここに、なぜ今に、なぜ私という存在があるのだろう?」
「なんのためにここにいて、何をするために私がここにいるのだろうか?」と…

そうした自分自身への根本的な命題を解決、咀嚼してゆけるべく、私は結果的に宗教の中でも、母が入会をして下さっていた新興宗教団体へと誘われて行ったのです。

「すべての人に佛性あり。みんなみんな神の子、仏の子。」と聞けば聞くほどに、求道する心が芽生えました。
私も目覚めたあの仏陀のように仏が説かれた、仏になるための教えを学び、実践すれば私もそうなれるのだろうからと…。

しかし、昔所属してしていた教団では会を創立された存在は非常に素晴らしい仏・菩薩のような生き方をされた人で、それだけの悟りを開いて、多くの人を導いて下さったんだ。
でも、凡夫である私たちには到底そこまでは無理です。と、教団幹部の何人かのお歴々が講話や研修で話をされている姿を見聞きし、幻滅するしかありませんでした。

だって、私のなりたい姿は、そういった人たちのように目覚めること、悟っていること、その状態で私を存在させ、人を導いてゆけることに純粋に貢献したいという思いがありましたから・・・。

悟りの錬金術にみるそのエッセンスは…

それでは、今回も悟りの錬金術の中にある今回のテーマとリンクする文章をご紹介致します。

悟りの錬金術

宇宙の師匠たちは自分のことを大切に思って、偉大な存在になれた方々です。みなさんと違うところは、あの方たちは自分自身を偉大に育てたということです。みなさんのように自分をぞんざいに扱いませんでした。考えをこき使って、心と体をこき使って自分を酷使しないで、悵然とした態度で自分自身を許してあげて愛しました。これこそがまさに自分を育てるということです。あの方たちは、愛と許しと慈悲で自分のことを育て続けた方々です。ですから、あれほど偉大な存在になりえたのです。みなさんも自分のことを愛と慈悲で育ててみてください。偉大な師匠たちは怒りや憎悪や憎しみではなく、愛と慈悲で自分を偉大に育てました。自分がすべてであり、最も大切です。これが「天上天下唯我独尊」の意味です。自分を育てて偉大な存在になりましょう。(P244・245)

悟りの錬金術

地球人は私の本質を知らず、愛を知らず、慈悲を持って生きるという存在のあり方すら学ぶ機会を持ち合わせていないのです。
且つ、その愛と慈悲という本質的な、崇高な精神を学び、真似び、偉大な心を私の中で育ててゆくということは非常に非常に稀有な環境下にいなければマスターすることは本当に難しいことなのです。

だって、
「愛・慈悲」とは、神の無条件の愛であり、釈尊の智慧から迸るように現れ出る無条件の抜苦与楽の精神こそが慈悲の極み、本質です。
その体現者がいなければ、絵に描いた餅にしかならないのですから…。

私はとてもとても恵まれて、奇跡的な出会いを通して、生きている師と巡り合い、師の存在を介して、弟子である私そのものが偉大であることをマスターしました。

偉大なる私の心を私が愛で、許し、受け入れ、育てていったからこそ、自分の中にある偉大な心が明確に広がり、深まり、高まったいけたのです。

生きているマスターに巡り会いたい。20代の頃に抱いた夢を私は6年前に叶えることができました。
偉大なる師は、弟子そのものの存在がいかに偉大であるかを自覚できるように促せる存在です。

私は最高な道へと辿り着き、私という意思を持って、私なりの道を極められていることが
どんなに幸せで、豊かで、喜びかを実感しています。

その心が私の中で芽吹き、育ち、成長をなしてくれていますから、こうして文章でも思いが迸るように表現できているのだと思えてなりません。

本日も最後までお読み頂きましたこと心より感謝申し上げます。
それでは、また、近いうちにコラムでお愛しましょう。