更新日:2020-09-23 自己紹介雑談境大雅スタバ起業家宗教家会社法人代表精神世界スピリチュアル

仏教に関する情報を全て封印した五年間(38〜44才)

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WRITER 境大雅(さかいひろまさ)
代表取締役
日本の覚者として、大自由を生きる 大学卒業後16年間、宗教家としての経歴を経て、2011年7月New Reality Inc.を設立。 スピリチュアルケアマスターとして、日本における覚者の一人として、 日本人の覚醒をサポートする一役を担っています。 また、101キャンドルライト(株)代表取締役、 別法人キャンドルライト内では、師より「生きた釈迦のようでありなさい」との願いの元、ID【三寶:サンボ】を授かる。 *注:三寶とは、佛宝・法宝・僧宝の三つの宝である三寶帰依に由来しています。
仏教に関する情報を全て封印した五年間(38〜44才)

仏教に関する情報を全て封印した五年間(38〜44才)

禁欲から快楽を経て中庸に至る

2011年4月、私は仏教徒であることをやめました。
具体的には、何をすればやめたことになるのかと言えば、前の教団を辞めることは、退職と退会手続きをすればできることでありましたが、実際に仏教徒であることすら辞めるというのは、それ相応の意思がなければやらないことであることは確かです。

ガマンばかりをしていた時代を38歳までずっとずっとやっていたと言っても過言ではありません。
いやいや自分が想像以上に我慢ばかり、「おしくらまんじゅう押されてなくな」という考え方と環境下にいたという自覚が全くありませんでした。
おかげさまで、宗教界を卒業したおかげで、それ以降の私は全く真逆に自分を住まわせることにしました。
つまり禁欲から快楽を意図して選択するというあり方です。

その両極を経験してこそ、見えてきた、分かった世界がありまして、それは一気に全てのことを手放して、歩み出した甲斐があったと後々自分自身に対して実感するのもそれほど時間は必要ではありませんでした。

それでは、宗教の領域から精神世界へと飛び込んで、驚くほどの対極の世界を歩みながら、味わったことをここからは描いてまいりたいと存じます。
ではでは、よろしくお願い致します。

やらなければならないことから、やりたいことをするへ

自由に選んでいいと言われて戸惑う私…

私にとってやらなければならない状況の中で、どんな最善を尽くしてゆけばいいのか?という問いをし続けてきた思考回路の人間にとって、今、何がしたいのか?どうしたいのか?まっさらなキャンパスに、描いてみたいと思うことを自由にやってもいいですよという投げかけは、正直戸惑うことばかりでした。

2011年から9年間いつも共に歩んでいたパートナーからは、最初の頃はそんな投げかけばかりをしてもらって、自分が何を欲しているのか、何がしたいのか?何を求めているのか?条件がない中で、やりたいことをやってみてごらんとアプローチされ続けていったのは、本当に面白くて、想定外な日々を送ることになりました。

時間・お金・世間体のことばかり意識して、全て後ろ指を刺されないように、人からどう見られているのか、常に意識して、「ちゃんとしなければならない」としてきた私には、極端から極端へ、禁欲主義から、一気に快楽主義へと舵を切って、急ハンドルで、方向性すら全く違う道のりを歩むことになりました。

しかし、その道のりを違えども、私は私を知りたくて歩み出した「思い・意思」が明確にありましたので、プロセスを全く変えて、自分を知るチャレンジを試みたのは、本当に実り大きプロセスとなってゆけたのです。

2011年東京へ上京してからは、一切仏教ではこうだという考え方を手放し、封印して、違う観点や境地を学んでみたいと思って、全く自分自身が生まれ変わったという意識で、挑戦することばかりでした。

もともと私の性格は、理性よりも、感性で動いて、その動いた感覚や経験を言語で表現することに努力してきた人間でした。

なんだかんだで2011年から9年間という月日を費やしはしましたが、外側にある教え、情報・自分以外の人を頭上に乗せて、それらを自分の人生の方向性を決める保険や杖のように用いることを手放してゆくのには、自分自身が自分を成長させてゆく必要が大いにあったのです。

精神世界の情報の中でも、私は宇宙の情報を実人生において検証することに必死でした。いろんな大切な情報があろうと思いますが、私が大事にしてきたのは私たち地球人の目覚めを長い間サポートし続けてくれているバシャールの情報はとても大切に学び、活かし、やってみて、やり遂げてきました。

「ワクワクすることは身体で翻訳された真実のバイブレーション(波動)です。」
「現実は自分の意識の反映である。」
(現実はすべて自分が作り出している、だからこそ、自分で選び変えることができる)
「自分から現実に微笑みかけなければ、決して現実は微笑み返すことはしない。」
(自分が創造している現実なのだから、自分から変わってゆくんですよ)

本当の自分を思い出して、本来の人間らしい人間へ回帰することに同意した人類に対して惜しみなくサポートしてくれている物理次元には存在していない意識体・存在たちがいるということは、本当に驚きと、高次元という言葉すら知りもしなかった私には大いにカルチャーショックを受けるに十分の情報でありました。

2012年ロスに数度に渡って、直接セッションを受けて、「もう自分(宇宙存在)に聞くのではなく、【自分自神(あなた自神)と共に】自分のワクワクに動けばいい」と太鼓判を押してもらって、自力で歩み出すきっかけをもらったのです。

しかし、私は結局、ずっと2011年4月から約9年間私以外の存在からの判断、情報、指示をサポートする形でしか、情報を活用してきませんでした。
本当の意味で、私が私の声を聞いて、私自身の心に従って動き出したのは、今年2020年7月末からであると言っても過言ではありません。

こうしてNewRealityInc.も自分だけでやって見ようと覚悟を決めて、私は私に力を取り戻してゆくために、私自身が私自神と二人三脚で歩み出せたのも、自分の意思だけではなく、大いなる有形無形のサポートがあった上で成せたことだとも思えてなりません。

振り返ってみますと、私は精神世界のことを学んで、実践してみてはいますが、やはり、私の基盤となっていることは、仏教の中で学んだ基盤が大きいと感じています。
しかし、私の「感性」を大いに活用して、大いに実践させたという実経験が、制限や分離の多いと感じられる宗教の世界では、味わえなかった領域を体験させてもらったと思えてなりません。

保留にしていたことへの解答を得る

飛び出してみたからこそ得られた糧…

精神世界で確認できた核心について…

「フィジカルマインド(ボディ):肉体レベルの自分
ハイヤーセルフ:意識体レベルの自分
オーバーソウル:すべてはひとつ・根源の存在としての私」

以上の情報を知った際に、私は非常に興味関心が沸いたのと同時に、私が私の中で整理しきれなかった保留案件に対する一つの答えを得たような感激が生まれました。

法華経の中で、

法身仏(根源・真如からきた存在以前の何か。【実存】)
報身仏(悟りを得た報いによって肉体を持たずに存在する仏陀)
応身仏(人間釈尊、人間として眠りから目覚めた仏陀)

これらの三つの身を兼ね備えている佛(三身具足の佛)が、悟りの究極の姿であると学んでいました。
上記三つのことが同時並行に存在しうる仏陀という意味、表現方法が、全く過去の宗教家の私には理解も、想像すらできない経典の言葉(教え)でありました。

しかし、物理次元、非物理(高次元)次元、そして、それら「ある」「ない」をあらしめている創造以前の「それ」という三つの次元が、3次元・5次元と次元は違えども、同時並行に存在しているという解釈を学んでみて、自分の中で初めてその理解を踏まえて、自分なりに咀嚼してみたいと思えたのは、精神世界へと飛び込んだおかげだと思えてなりません。

一旦全てを第二の人生を始めるにあたって、過去のすべての私そのものを手放してみて、放り投げてみて、違ったプロセスを経て、保留にしてきた解答を得られたのは、本当に本当に、やった甲斐があったと実感しております。

しかし、このふに落ちたという理解のレベルは、やはり、所詮、頭での理解を整理することができましたというレベルでありました。

その先にある感性・悟性というレベルに至るには、それ相応の体験を通した裏付けと、自分になりにやってみて、やってみたことで見えてきた世界を通さなければ、観えなかった真実があることを、その後の人生で経験することとなったのです。