更新日:2020-09-08 仏教法華経無量義経無量義は一法より生ず説法品機根性質欲求

一人ひとりに応じて処方するからこそ、悟りへと至れるのです。

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WRITER 境大雅(さかいひろまさ)
代表取締役
日本の覚者として、大自由を生きる 大学卒業後16年間、宗教家としての経歴を経て、2011年7月New Reality Inc.を設立。 スピリチュアルケアマスターとして、日本における覚者の一人として、 日本人の覚醒をサポートする一役を担っています。 また、101キャンドルライト(株)代表取締役、 別法人キャンドルライト内では、師より「生きた釈迦のようでありなさい」との願いの元、ID【三寶:サンボ】を授かる。 *注:三寶とは、佛宝・法宝・僧宝の三つの宝である三寶帰依に由来しています。
一人ひとりに応じて処方するからこそ、悟りへと至れるのです。

一人ひとりに応じて処方するからこそ、悟りへと至れるのです。

私を理解し、人を理解する指針として

ハワイ島ヒルトンホテル(2013年撮影)

今日、生まれて初めて、数秘術のカードとタロットをもとに占いという世界に挑戦してみました。

「過去生8、現生3、未来生11」という数字を見せて頂きながら、最終的な結論は、「ご自身がなさっていることを裏付けるためにいらっしゃいました。直感を元に動かれていますので、何も申し上げることはありません。」ということでありました。

「恐れを手放して、自分の情熱に従って、心惹かれるがままに動いていることそのものが生き方になっている。
それは、本当に人間がなかなかやろうとしていてもできないあり方、生き方です、
それをすでに実際にやっていらっしゃるのは、ものすごいことです」というお褒めの言葉を頂きつつ、私の二法人の名刺をお渡しつつ、弊社の名刺を見た瞬間に感動と共に、その方の言動を通して、いま十周年を迎えられている奇跡を、改めて噛み締めている瞬間となってゆきました。

直感は、自分自身の思考を超えた高次の自分、悟りを経た報いによって肉体のレベルを卒業したもう一つの自分との関係性を構築できる1番の肝にあたります。
心惹かれるがままに、素直に、生きること。それらのリハビリをしながら、この十年間法人経営、個人的に経験できたすべてが、私の第二の人生の基盤、自信、確信になっております

私の経験を通した確信は、もう誰かに証明や裏付けとして支えてもらう必要もなく、私が私との関係性を健全に、ちゃんと向き合い、関係性を構築してゆきさえすればいいという確証は、本当にかけがえのない貴重な体験となっていると実感しています。
私が私自神との関係性を改めて、構築するに至った歩みは正直宗教家では決して触れることのない、体感することができない覚醒のエッセンスとなったのは、いうまでもありません。

さてさて、それでは、今日も私が私の1番の良き理解者となりうるべく仏教の教えについて学びを深めて参りましょう。

世の中の真実を知り、人と向き合うべし

自己理解・他者理解の元となる指針として

私が法華経の教えの中で、とても大事にしている一節・一句がある中で、実はここの部分は人と向き合い、救いに対する基本的な心構えと理解を促す教えが説かれてあります
そのため、本当に本当に本当に私は大事なエッセンスが解かれていると捉えている部分になります。
今回は一つ一つの意味について触れることはありませんが、人間を理解する指針として表現されています「根・性・欲(コン・ジョウ・ヨク)」についてのみ触れて参りたいと存じます。

無量義経説法品第二

菩薩かくのごとく四相の始末を観察してことごとくあまねく知りおわって、つぎにまた諦かに一切の諸法は念念に住せず、新新に生滅すと観じ、また即時に生・住・異・滅すと観ぜよ。かくのごとく観じおわって衆生のもろもろの根性欲に入る。

性欲無量なるがゆえに説法無量なり。説法無量なるがゆえに義もまた無量なり。無量義とは一法より生ず。その一法とはすなわち無相なり。かくのごとき無相は相なく、相ならず、相ならずして相なきを名づけて実相とす。

無量義経説法品第二

根(コン):機根(キコン)の略字。教えを理解することのできる能力。
性(ジョウ):性質・性格の略字。一人ひとりの個性、性格を表す。
欲(ヨク):欲求・欲望の略字。一人ひとりの欲求を表す。
となります。

まず四相の始末についての補足としては、「生」じる・「住」する・「異」なる・「滅」するというすべての現象の始末を見極めて、その上で、一人一人と対して向き合う心構えを説いてくださっています。

この現象世界において決して避けられない真実は以下の通りです。
すべては生じて(始まって)、住して(ある一定期間とどまって)、異なって(違いが生じるように変化し)、滅する(消える・無くなる)という
四つの流れ、四つのパターンがあります。その始まり、と終わりの展開を迎えるまでが現象世界のあるがままの真実です、ということです。

現象世界において決して避けられない真実は、
諸行無常(すべては変化する)と諸法無我(個として成り立つものは一切なく、すべて関係し合っている。)という真実です。
すべてが関係しあう中で、変化が生じて、滅してゆくという真理を見極めなさいということです。

以上のようなこの世の姿をよくよく理解をした上で、一人ひとりの理解と「応病与薬」となりうる【教えという薬】を処方してゆきなさいという心構えが解かれているのを、私は経典のエッセンスから感じとれるのです。

本当に、ここの一句は自分自身が人と向き合う時に、何度も何度も読み返しつつ、心構えとして誦じた大事なエッセンスが秘められています。

法華経の教えの中でも、非常に重要だと言いえる一句の一つです。

今日も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
また、近いうちに、このコラムにて、お愛できますこと楽しみにしております。