更新日:2020-09-03 仏教自灯明法灯明心のあり方十界互具地獄餓鬼畜生

私の心に関心を持ち、理解してみませんか?

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WRITER 境大雅(さかいひろまさ)
代表取締役
日本の覚者として、大自由を生きる 大学卒業後16年間、宗教家としての経歴を経て、2011年7月New Reality Inc.を設立。 スピリチュアルケアマスターとして、日本における覚者の一人として、 日本人の覚醒をサポートする一役を担っています。 また、101キャンドルライト(株)代表取締役、 別法人キャンドルライト内では、師より「生きた釈迦のようでありなさい」との願いの元、ID【三寶:サンボ】を授かる。 *注:三寶とは、佛宝・法宝・僧宝の三つの宝である三寶帰依に由来しています。
私の心に関心を持ち、理解してみませんか?

私の心に関心を持ち、理解してみませんか?

今夜も京都四条河原町近辺に出没中

おかげさまで、段々と夕暮れから夜にかけての時間帯になってゆきますと、今日もどこに出かけて、どこでIPADを持って黙々活動を始めようかなとワクワクしながら、夜活スタートしています。

京都市上京区という京都御所の少し西側の方向へ離れたところに住う私も、バスに乗って少し移動してさえすれば、京都の人たちがたくさん集う商業地のような場所に、楽々に行くことができています。

振り返ってみれば、ほんの1ヶ月前までは18時までには夕食を食べ終えて、その後にコンビニのスイーツを食べたりしながら、必ず夜はコーヒーを入れて、飲むという習慣があった私でした。
しかし、今は全く違うタイムスケジュールで生活を送っております。
自炊生活も慣れてきて、カレーを作ったり、パスタを茹で、ソースを絡めて食べみてたり、親子丼を作ってみたり、とりあえず、外食やコンビニ弁当という選択肢ではない、食生活も送っておりますので、一人でも飢え死にすることはないと、器用にやりくりさせて頂きつつ、京都という地を満喫しております。

さて、今日も思いついたアイデアが出てきました。ここから先は仏教の教えの一つへの理解を深めて参りましょう。

仏教の教えは、とても緻密に、そして、繊細に、人という存在、状態をいかに理解するかを示唆して下さっています。

過去、私が学んできた教えは微々たる領域です。
実際に、仏教は8万4千という膨大な数の教えが存在しながら、応病与薬、一人一人の状態に応じて、適切に、最適に、釈尊が向き合った方へふさわしい情報をお伝えしつつ、その人の魂の開放、問題の解決や、精神的な資質の向上のために尽力されてきた歴史があります。とても関心を持って学び、活用してみますと、それ相応の自分改革を可能にする真理をマスターすることになるでしょう。

さて、ここからが本題です。

今回は、その教えの中でも、自分自身を振り返るための教えとして、
自分自身の心というものを理解するための指針としての仏教を学んでみたいと思います。
「十界互具(じゅっかいごぐ)」、この教えの詳細は次のセクションにて触れて参りたいと思っております。

確かに悟りに至る可能性はOではない…。

十界とは何か?

それでは、まず「十界」という教えについて確認してみましょう。

十界とは

迷いと悟りの世界を 10種の領域に分けたもの。すなわち,地獄界,餓鬼界,畜生界,阿修羅界,人間界,天上界という6種の迷いの世界と,声聞界,縁覚界,菩薩界,仏界という4種の悟りの世界との総称。天台宗で説かれる。

十界とは

十ある世界のうち、悟りに至る道へと歩み出した段階もありつつ、すでに悟りに至っている世界・心の状態にあることを表しているのは四聖界(声聞・縁覚・菩薩・仏)と言います。
また、逆に迷いの世界・心の状態に留まっていることを表しているのが六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)と言います。

六道の世界を私なりの見解を表現してみますと
*地獄、自分中心の習慣の報いとして、極苦を受けている状態。
*餓鬼、自分の思い通りにならず、必要以上に貪ろうとしている状態。
*畜生、知恵がなく、自分の思い通りにならない外側の人や状態へ愚痴を感じて、文句ばっかり言っている状態。
*修羅、争いや怒りが絶えず、非常に攻撃的な心理状態で、イライラしている状態。
*天上、ルンルンして有頂天になっている状態、人や状況によって大いに影響を受けてしまう非常に不安定な状態。
*人間、冷静に私のことを見ることができたり、このままではいけないと反省し、自分自身が状況や人のせいにせずに、私から変わろうという意思と行動へ移す努力をしてみようという意思がある状態。

では次に、四聖界についての私訳をしてみようと思います。
声聞(しょうもん)・縁覚(えんがく)・菩薩(ぼさつ)・佛(ほとけ)(佛界という表記の場合の読み:ぶっかい)のことを言います。

*声聞、自らの関心ごとが日常的な視野で見えている世界に起こる日常的な苦悩を解決し、教えを聞いて学びながら、妄想執着から心の自由を求めている状態。
*縁覚、自らの関心ごとが生老病死をはじめ長期的な視野で起こってくる苦悩に関心があり、自らの悟りは体験を通して、極めてゆきたいという願いを持っている状態。
*菩薩、仏の悟りに対する関心が非常に強く、その境地至るための修行・努力を実践できる状態。特に、個体性の私だけではなく、我人ともに悟り・救いを極めたいと思っている状態。
*仏、目覚めた意識・心のあり様で存在している状態。仏陀として存在している。

十界を互具しているとは…

お互いに具(そなえ)ているから十界互具すると言います

十界という世界に存在しているという観点と
もう一つが、そういう心の状態で存在しているという観点があります。

ですから、十個の世界(外側の状況)に、それぞれ十個の精神状態があるので、100個の世界を内側外側に有して、私は行き来しているという考えが成り立ちます。
(しかし、この点については一念三千の教えに触れる必要がありますが、割愛致します。)
*ここの一念三千を説明するポイントは、今回あまり必要がないので、改めて、今重要にしなければならない部分を再確認致します。

一人一人が自分の中に、そなえ(具)ているんです。
凡夫が仏になる瞬間もあれば、仏から地獄へと変化する瞬間も可能性はOではないんです。

自由に、不自由な世界や、境地に行ける可能性を持っています。だからこそ、大自由なんです。
ホンマにそういうことなんです。
私が自由に選択することが可能であるという「自由」さを、一人一人が持ち合わせているんです。

では、その状態、その世界があることを理解しました。即、それが自由自在に変化を意図して選択することができて、もう自由に生きてます。
というところまで行き着くのは至難の業であるでしょう。

情報を知る。学ぶ。
情報を活かして、やってみて、自分なりに咀嚼できるところまでやり遂げる。

知る。わかる。できる。
理解している。説明ができる。ではなく、自分自分なりにやってみて、マスターしているということが最も大事になってくるのです。

ある自分のありたい姿、ありたい生き方を願い、その自分に変わるために努力をしてみて、その自分へと変貌する。

その成長の過程ということはとても素晴らしいことなのですが、労力をかけて、努力精進の末にしか、手にできないのではあまりにももったいないです。

そうでは、全くなくて、ここからはもう楽に、労力をかけずに、飄々と
自分が変われるルートができたので、私は苦行ではなく、楽行を選択して、遊びながらやっています。

悟りの錬金術から紐解かれる叡智を

私は本当に、労力をかけず、楽なところで私の本性を生きる。本当の私で存在することを決めています。

おかげさまで、リラックスしていながらも、凛とした、偉大なる私の心と共にあれる喜びに満ち満ちてきました。

最後に、今日もマスターゲート氏の法文をご紹介しながら、今日のコラムを終えたいと思います。

それでは、また、近いうちにこのコラムの場で、お愛しましょう。

悟りの錬金術

むかついたりストレスがたまったりするとき
それを自分がつくっていると思ってみてください。

それでも感情に溺れるとき
溺れることに怒らないでください。
それでも怒りが治らないとき
治らないことに苦しまないでください。
それでも苦しみが増していくとき
その苦しみにこだわらないでください。

そのこだわりがやまないとき
やまないことを憎まないでください。
その憎しみが消えないとき
その憎しみを嫌わないでください。
その嫌悪が消えないとき
消えないことでイライラしないでください。
そのイライラが冷めないとき
冷めないことで自責しないでください。

そして自責している自分が見え始めるとき
いつしか、他人に向かい、外に向かっていた
自分の感情はもとの場所に戻り
それが湧き出たその場所へ戻っていくはずです。(P154・155)

偉大な心を持った者だけが
偉大な考えができます。
美しい心を持った者だけが
美しい考えができます。
愛する心を持った者だけが
愛を考えられます。
信じる心を持った者だけが
信仰を考えられます。
自由な心を持った者だけが
自由を考えられます。

そうです。
すべての考えは自分の持っている
心を通して起きているでしょう。
すなわち、持っている者だけが与えることができます。

みなさんは
今、どんな心を持っていますか?(P138・139)

悟りの錬金術