更新日:2020-09-04 仏教一念三千意識一切唯心造

心は時空間を超えてどこまでも

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WRITER 境大雅(さかいひろまさ)
代表取締役
日本の覚者として、大自由を生きる 大学卒業後16年間、宗教家としての経歴を経て、2011年7月New Reality Inc.を設立。 スピリチュアルケアマスターとして、日本における覚者の一人として、 日本人の覚醒をサポートする一役を担っています。 また、101キャンドルライト(株)代表取締役、 別法人キャンドルライト内では、師より「生きた釈迦のようでありなさい」との願いの元、ID【三寶:サンボ】を授かる。 *注:三寶とは、佛宝・法宝・僧宝の三つの宝である三寶帰依に由来しています。
心は時空間を超えてどこまでも

心は時空間を超えてどこまでも

継続は力なり

おかげさまで、こうして文章を書き続けてゆけることがかとてもとても楽しくなって参りました。
所用がありまして、今日は早めに街に出て、涼しいところで涼みながらも、今朝ふと思いついたアイデアを紐解いて、コラムを書いてみようと思ったのです。

一番最初は、コラムのフォーマットに合わせて文書を当て込むことに時間を要したのですが、回数を重ねてゆくことで労力をかけすぎずに、あれこれできるまで慣れてきましたので、手間はかけていますが、それ以上にこのようにここに訪れてくださる方もいらっしゃいますので、筆が進んで(実際はタイピングですが。)しまうのです。

自分の意思を立てて、自分のその時々にしたいと思う情熱を灯火にしながら、やりたいことや表現したいことをこうしてやり続けていられることは、本当に本当に幸せで、豊かで、祝福に満ち満ちた心地でいられています。改めて、この場所にわざわざ訪れてくださり、文章に目を通してくださっておりますお一人お一人に感謝の思いをお伝え致します。「本当にありがとうございます。」

さてさて、今日は昨日のコラムの中であえて割愛をしますと言って触れなかった「一念三千」という教えについて、触れて参りたいと存じます。
それでは、よろしくお願い致します。

一念三千とは…

念とは今の心と書く

それではまずこの仏教用語の意味について触れて参りたいと思います。

一念三千の意味

一念には二通りの意味があります。一つはきわめて短い時間を指します。諸説ありますが、一念は0.8~1.2秒くらいです。
もう一つは、心のわずかな働きを意味するもので、私達が日常におこす瞬間的な心をいいます。この心の内容によって、信心したり、理解を深めたり、というようなことになります。

三千とは、
3,000という数は、
10界×10界×10如是×3種類の世間=3,000となります。

十界(じっかい)は境地や生存する所を10種類に分類したもので、地獄界・餓鬼界・畜生界・阿修羅界・人間界・天上界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界、の10種類です。
界は単独個別に存在するのではなく、互いに他の界と係わりあっているので、10界×10界となります。
如是(にょぜ)は、すべての存在の、ありのままの姿を示す言葉です。十如是(じゅうにょぜ)は、あらゆる存在は何であるか?どのようであるか?を10のカテゴリーで考えたものです。

3種類の世間とは、五陰世間(ごおんせけん)、衆生世間、国土世間です。
五陰世間は、色・受・想・行・識の五蘊からなる世界。衆生世間と国土世間とを作り上げている五つの要素です。
衆生世間は、生き物たちの世界。物と心とのかかわり合いの境地。
国土世間は、生き物たちが住む自然環境としての世界です。

一念三千の意味

(一念三千という教えを理解するには、それぞれ今現在までに触れていない五薀や、十如是の教えについても詳細を触れてゆかなければならないのですが、今日の時点では、今回もそこは割愛ということで、後日触れてみたいと思います。)

非常に簡単に言えば、
人間の「心」そのものが「肉体」や
自分の置かれている「環境」(状況)
すべてにまで影響を与えているという認識で、自分の命を全うせよと言われていると、過去の宗教家をしていた私は受け止めておりました。

しかし、その環境下でベストを尽くしなさいという肉体レベルに対して、努力精進を求めて、あてもない、有限の世界の中で
意識の迷い子をずっと続けてしまった私がいたのです。

しかし、今の私の中で観えていることは、
まず、存在界に関して、非常に極端にまとめて言いますと
「心(意識)」「肉体」「環境(家庭・社会・国家・世界・宇宙)」
これら三つの領域の元で、私が生きているという観点ではなく、

私が全てを作り出しているそのもので、
その私の心がすべての起点となって、ありとあらゆる認識できうるものを、あらしめているので有る。

有るという存在界
無いという非存在界
そして、その有ると無いの両方をあらしめている「何か」…

その全部を創造し、その創造されているものを認識できている私の「意識・心」で有るという観点に至っております。

そして、その認識に立っている中で、
最も大事なのは、本当の私とは、

すべてを創造させる存在以前の「それ」

という実存、本質、本性そのものだと悟ること、目覚めること、回帰することです

本当の私だという認識、観点、感覚を、実際に府に落として存在できたところで
「私が一体誰なのか?」を体現してゆくことは、最も人生において価値のあることだと私は感じております。

私という正体性を見極める

それでは、最後にマスターゲート氏の法文を今日もご紹介させて頂いて、今日のコラムを終えたいと思います。

また、近いうちに、この場でお愛できますこと楽しみにしております。

悟りの錬金術

私たちは存在するがゆえに
存在する以前も私たちだったことを知り、
存在するようにしたのも私たちだったことを知っています。

私たちは永遠であるがゆえに
過去以前にも存在して、
未来の以後にも存在するでしょう。

私たちは無限であるがゆえに
限界を許容することができて、
境界を受容することができます。

私たちは偉大であるがゆえに
塵を理解することができて、
宇宙を抱擁することができます。

そして
私たちは自由であるがゆえに
今これらすべてを享受しています。(P58・59)

悟りの錬金術

ありがとうございました。