更新日:2020-09-24 自己紹介雑談境大雅起業家宗教家精神世界スピリチュアルワクワク波動感性意識

感性のままに生きるリハビリを(2011~2020年)

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WRITER 境大雅(さかいひろまさ)
代表取締役
日本の覚者として、大自由を生きる 大学卒業後16年間、宗教家としての経歴を経て、2011年7月New Reality Inc.を設立。 スピリチュアルケアマスターとして、日本における覚者の一人として、 日本人の覚醒をサポートする一役を担っています。 また、101キャンドルライト(株)代表取締役、 別法人キャンドルライト内では、師より「生きた釈迦のようでありなさい」との願いの元、ID【三寶:サンボ】を授かる。 *注:三寶とは、佛宝・法宝・僧宝の三つの宝である三寶帰依に由来しています。
感性のままに生きるリハビリを(2011~2020年)

感性のままに生きるリハビリを(2011~2020年)

心を育むということを

ハワイ島マウナケア(2013年撮影)

自分自身が自分という存在の軌跡をひとつひとつ紐解きながら、私の過去に対する認識を改めて塗り替えているように思えてなりません。すべてが感謝という思いですらなかった種々の経験が、今の私には決して一つも、一人も欠かすことのできない奇跡のような歩みをサポートしてくれていたんだという思いになればなるほどに、感謝の思いにすべてが変わっていっています。

これもひとえにこの場を使って、私が私のために、自分と向き合って、心開かれた意識で、自分への再定義をしているからこそです。
こうして、奇跡的な出会いを通して、この場でみなさまとめぐり合えていることに、改めて感謝申し上げます。

それでは、宗教家であった私の心のリハビリについての学びをご紹介致しましょう。
ではでは、今日もよろしくお願い致します。

第二の転換期へと飛び出してみる…

私の人生の転機は一度ではなかった…

私の人生においていろんな影響を与えるほどのインパクトがある出会いは、気が付けば何人も何度もあったという贅沢な経験をさせてもらえています。

その中でも、地元から出家をして宗教家になろうとした23歳の時が、一番最初の人生の転機に当たったと感じています。
そして、その次はその宗教家をも辞めて、新しい人生の一歩を踏み出してゆこうとしつつ、精神世界に飛び込んだことも第二の分岐点であったと感じております。

それまでは、私は自分が悟りや目覚め、覚醒について基本となりうる情報を知ってはいましたが、核心に触れれば触れるほど、咀嚼できていないジレンマを抱えながらも、人に向かって発展途上の中で、自分も自分を成長させてゆきながら、学んだことを深めつつ、人に分かち合っているというスタンスで、教えを伝え、実践する者としての感じていることや観えていることを伝えることをしていました。

しかし、どこをどう見たとしても、私は悟りの肝心な部分である「同じ」と「ちがう」というものが同時に成り立つ矛盾をどうとらえてゆけばいいのか、全く見えていませんでした。
それが一番象徴的な教えとして残されているものが、「色即是空・空即是色」です。
この教えは、般若心経の中に出てくる悟りのエッセンスが凝縮されているものと学んできましたが、結局宗教家の時代にはてんで全く理解できませんでした。
ありきたりな言葉をそれ相応に他の何かからあてがいながら、自分自身の体感や観点を伝えきれることもなく、誰かのどこかの正解らしき言葉を並べ立てて、何かを言うことほど、自分自身へのジレンマを感じずにはいられませんでした。

他にも、咀嚼しきれずに、保留にするしかなかった教えはいろいろありましたが、いずれにせよ。言葉で説明をどんなに細かくできたとしても、所詮、自らの体感や体現がない中で、あれこれと言葉を羅列してもっともらしい説明を果たせたとしても、結局味わっていない人間の限界は、自分自身が一番よくよく理解していました。

例えるなら、ミカンの味をいろんな言葉で語れても、食べていないからその美味しさを喜びをもって、人に分かち合える喜びや感動がないという致命的な点を、自分自身がよくよく理解できていたのですから…。

自分が自分で究極の悟りに至っていないという限界、その先に向かいたいという強い願いを持ちながら、私は2011年東日本大震災の後に、自分なりの大いなる決意をもって次のステップへと踏み出していったのです。

心を育み、心のままに生きること…

思考の世界から感性の領域へと

思い起こせば、ブルースリーの言葉に、確か「Don‘t Think.Just Feel」という言葉が残されていたと記憶しています。
そして、また、スポーツメーカーの宣伝に、「Just Do It!」というものがあったかと思います。
第二の人生の私のキーワードは、それらの言葉をやってみるといっても過言ではありませんでした。

考えずに、思う通りにする。
自分の心のままに行動し、歩んでみる。
自分の情熱にしたがって、素直にやってみる。

いろんな言葉で表現することができますが、とにかく、「自由に思う通りにやってみる」という考えを採用し、その考えの通りに、言葉を発して、行動して、それを生活習慣化し、自分の生き方やあり方にまで定着させるという試みに取り組んでみました。

2011年3月末から東京に居を移して、小さなことから、大きなことまで、一事が万事、とにかく、自分の思う通りにやってみるということしかしませんでした。
もちろん、生きてゆくためにはやらなければならないことをする義務がありますが、納税・年金の納付への義務をはじめとして、いろいろあったりしますが、そこを無視して、ただやりたいことだけをするというわけではありませんでした。それはそれとして必要最低限ななすべきことを成しつつ、とにかく今、自分が心惹かれること、やりたいことに素直に動かすことをやってみました。

自分が自分に対して、何を求めているのか、何を欲しているのか、何がしたいのか、何に惹かれるのか、どんな自分でありたいのか?自分に問うて、自分に答えを出させて、やってみるという経験をやっていったのです。

そこで、やってみてまず分かったことが、自分は正しさ、やるべきこと、なすべきことを選んで生きてきたので、全く、自分のやりたいことを見つけて、それをやってみるということをしてこなかったという気づきがありました。

自分が飲みたいものは何か?
自分が行きたい所はどこか?
今日は何が食べたいのか?
どんな洋服を身に着けたいのか?

ひとつひとつその当時のパートナーから投げかけられる質問に驚きと、それを行動に移してゆく際にでてくるお金を投じることへの恐怖を、表に上げるプロセスは、大なり小なりいつも感じながら、恐れと向き合い、受容し、選び変える挑戦をすることになりました。

自分のやりたいことに動けば動くほどに、小さなことから大きなことへと選択肢を広げれば広げるほどに、「恐れ」を自分の中で感じていました。
ワクワクに動くことは、自分の握りしめている「恐れ」ていることを顕在化させるとイコールだったので、やればやるほどに、自分が恐れていること、もの、心の状態を赤裸々に向き合うしかありませんでした。

お金を使えば使うほどに、当たり前ですが、翌月のカードの請求額が増えるだけです。そして、他にも月々の法人に対する支払いをどうするかを対処する必要があります。
しばらくの間は、その状況をパートナーにも伝えて、彼女の直感と、私の中で生まれたお金を生み出せるアイデアを具体的に会社のサービスとして提供することで、お金の流れを作ってゆくことになりました。

そして、その次は、いま必要な所に、必要な流れを生み出すという考え方で、いろんなアイデアをもって、循環させてゆくことも経験させもらいました。
その状況が循環されてゆけばゆくほど、とにかく私が私を理解し、私の考えや感情、心を変えてゆくことに専念すればいいという覚悟が定まっていったのです。

そうした学びをするまでには、実際に、食べたいものを食べる。飲みたいものを飲む。着たい服を買ってきてみる。いきたいところへ実際に行ってみる。自分の心を満足させるために、行動を伴わせて、やってみてみました。

最初のステップは、外側にある物質的な満足、満腹を経験しながら、どんどん自分に向き合ってゆく歩みを進めてゆくと、自分の中にあるネガティブな考え・感情を表に上げて、その自分から変わるということを見つけることが楽しくなってゆきました。
重たいネガティブな考えを顕在化させて、今の自分は違うと過去の自分を認めながらも、自分を変えてゆくプロセスを現実を使ってみて、自分の変化を、現実を通して見せてもらえたのは、本当に自分自身の感性・感覚を取り戻してゆけるリハビリテーションであったと思えてなりません。

人間は自分自身の心を理解すること以上に、現実的な世界で生き抜くためにいろんなものをまとって生きること強いられてきました。
「お金と権力」という仮のもの、幻のもの、そしてその現実世界に力を与えて、その力を持ち合わせている人たちに迎合しつつ、自分の本性を知ることもなく、思い出すこともなく、眠って生きてきました。

しかし、自分の本来の心を取り戻してゆくことに意志が立ち、自分本来の感性を思い出すべく、リハビリしながら、心に従って、自分の素直な言葉を発し、思う通りに行動をしてみることで、非常に自分の生き方が素直に、シンプルに、本当の自分を目覚めさせるために心に従ってゆけばいいという準備をしてきたのでした。

2011年4月から2020年7月までは、正直その考えを持ちながらも、パートナーだった存在の直感を元にした言動を、常に無条件受け入れて動くようにしていた事実もあります。

私だけを見て、自分を生きることも体験しつつ、自分以外の存在を起点にして、無条件考えをなくして、サポート役に徹するという準備段階を経ながら、取り組んでいた年月があったことも否定できません。

宇宙の情報を元にして、自分らしく生きてみるという本当の挑戦は、私にとって今年の8月から始まったと言えるでしょう。

より自分自身を理解し、本来の自分と二人三脚で生きる事の醍醐味は、自分がすべてのリスクを自分が負うという覚悟は必要になりますが、面白い、とても自分を知る機会として、興味深い経験を積ませてもらっていると思えてなりません。

それでは、今日も最後までご覧頂きまして、ありがとうございました。
また、近いうちにこのコラムにてお会いしましょう。