更新日:2020-09-23 自己紹介雑談境大雅スタバ起業家宗教家仏教徒仏教

私が仏教徒であった頃の限界…

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WRITER 境大雅(さかいひろまさ)
代表取締役
日本の覚者として、大自由を生きる 大学卒業後16年間、宗教家としての経歴を経て、2011年7月New Reality Inc.を設立。 スピリチュアルケアマスターとして、日本における覚者の一人として、 日本人の覚醒をサポートする一役を担っています。 また、101キャンドルライト(株)代表取締役、 別法人キャンドルライト内では、師より「生きた釈迦のようでありなさい」との願いの元、ID【三寶:サンボ】を授かる。 *注:三寶とは、佛宝・法宝・僧宝の三つの宝である三寶帰依に由来しています。
私が仏教徒であった頃の限界…

私が仏教徒であった頃の限界…

越えられない壁を感じながら…

場所不明(2016年撮影)

おかげさまで、宗教家としての歩みをその時々の経験してきた流れを一通り詳細を踏まえて、文章に初めて書くことができました。
これもひとえに、自分が京都で一人暮らしを選択し、ぼっち生活をしているおかげさまで、自由に、のびのびとやらせてもらっているおかげさまであると実感しています。

26歳から、ずっといつも誰かと生活をするというサイクルに慣れ続けてきましたので、こうやって、静かに自分自身と共に過ごせる時空間を経験していることはとても贅沢なことだと実感するばかりです。

もちろん、誰とも会わない、誰とも話をしないという日を過ごすこともありますけれども、それもまた、孤独地獄に陥って、孤独の心と考えに押しつぶされそうになるという側面も、可能性とはあるっちゃ、あるのでしょうが…。
私は今の所、そこまでは行きつかずに元気で過ごせております。

昨日も、たくさん親子丼を作りすぎてしまったため、昼と夜は二回連続で食べてしまうことになりました。とにかく、炊飯器で一度に3合までご飯が炊けますので、ご飯をたくさんよそい、丼ものの料理にして、食事をすることが多くなってしまいました。(笑)
そして、まぁ、とにかく、飽きる所に行きつくまでは、週に一回カレー、ビーフシチューなどを食べる生活は続くのでありましょう。(苦笑)

さてさて、昨日は完全にPCやIPADPROで文章を書くことを一切せずに、OFFモードで過ごせて、
心機一転、今日から再び文章を書いて参りたいと存じます。

それでは、今日もよろしくお願い致します。

第二ステージへと向かうまでの道のり…

限界を超えてゆこうとする思い…

私にとって前にいた教団の開祖の考え方・視点を学び、私もその観点や境地に至り、マスターしてゆくことが最高最大の優先事項でありました。
実際に、私の願いに至るために必要な出会いや学びを着々と進めてゆくことになってゆくのですが、途中から、更なる私の願いは釈尊の観点、境地に至り、その世界観で、私を含めた世界に生きるものとして、大自由に存在してみたいというのが私の本願・核心になってゆくのでした。

正直、法華経と教えの中核になるところは、日々の修行や信者さんたちとの対話には一切でてくることはありません。
基本的な、根幹にならざるを得ない核心部分ではありますが、そこを体現し、体感し、その世界を共有、共鳴できうる存在は、その当時の私には開祖しかいなかったのかもしれませんが、実際に直接的に触れ合う、指導される機会は生まれたタイミングが違いすぎて、ほんの少しの接点だけで、本当に互いに接することができなかったタイミングを悔いても悔いきれない忸怩たる思いを抱いていたのは事実です。

結局、実際には開祖の著書や動画、機関誌等の間接的媒体を通して学ぶしかありませんでした。
その中で、大事にされるエッセンスを確認しながらも、やはり、法華経という教えの深遠さは核心に至る部分であればあるほど、想像もつかない、全く自分にはつかみどころのない、分からない領域でありました。
そして、そうした法華経の解釈を教えて頂ける機会を幹部候補生であったために、教団でもその理解を深めている講師ともご縁を頂けることにはなったのですが、やはり、核心部分での解釈には、20代の私が咀嚼でききれなかった限界もありましたが、聞いている側の未熟さだけではなく、伝える側にも真実に触れ切れていない限界もあったのだという思いを否定することができませんでした。

そういう意味では、いろんな部分の教えのエッセンスを頭で理解しきれていない思いや、体感レベルでの腑に落ちてはいないというジレンマを解消することができませんでした。

とにかく、「今答えが出せないものは、自分の悟りのレベルを進化させる(霊的進化をする)までは保留にしておきなさい。」という考え方をある講師さんからも進められていたので、そうするしかありませんでした。

「分からない自分でいることを否定せず、とりあえず、保留にしておくか」という選択肢は、本当に、本当に、じれたったく思えて仕方がありませんでした。

ただ他に、法華経の核心部分への答えを知っている、体験している方はいないということだけは、なぜか理解していたので、その壁をどうやったら超えられるかという質問だけは、自分自身へし続けていったのです。(経典や本に答えを求めるのではなく、生きている存在から学べたらどんなにいいかと切実に思っていました。)

私が保留にしてきた教えのひとつを紹介するならば、例えばこんな教えがありました。

まず、仏教徒の修行の目的である仏を目指すということで得られる仏の「智」「慧」というものがあります。それらがマスターできなければ仏の教えを体現しているとは言い切れない根底的に大事な、根本的に最重要事項であります。

智慧の「智」という教え=智とは差別相(ちがい)を見極められる能力のことを言います。そして、
「慧」という教え=慧とは平等相(同じ・一つ)を見極められる能力のことをいます。

私は、慧の部分の解釈が不完全であることを自覚していました。そして、また周りも同じだろうとも思っていました。現実世界に生きている中で、「すべては大いなるひとつのいのちにつながっている」「みんなみんな神の子、仏の子」というセリフを言う人は多く見てきたのですが、研修中にはそれが言えても、それ以外のふるまい、言動を見てみると全く真逆になっている人が大多数でしたので…。
違いを見て、自分というエゴを全面的に押し出して、自分の手柄、立身出世、成果を上げるために、いろんなものを活用してのし上がってゆく政治力の高い人たちの姿がいろんなことを采配している世界に辟易する思いが募るばかりでした。

私がその当時思っていたのは、ここの環境や教えがベストではないせよ、では、ほかにどこを探せばいいのか。誰がその世界を見ているのか、感じられているのか?真剣に探して、求めて、動かないといけないとだけは理解していました。
実際に、三重県に異動してからの時間が、時間を自由に得られたからこそ最も求道心が強くなっていたのだとも思えてなりません。

もちろん、個別での人との対応をはじめ、そして、1000人を超える大きなイベントを開催できるまでのノウハウ、スキル、経験則を身に着けることができたのは、本当に巨大な組織にいたからこそ、得られた学びであります。
そのいろんな経験ができているからこそ、広く浅く経験をしてゆくことの興味よりも、より「悟り」の核心部分、根幹部分をマスターしたいという願いは決して消せることはありませんでした。

宗教家としての自分自身は、結局悟りの核心部分を体感する所までは至らず、頭での理解だけだった。悟りに関する情報に触れているだけの頭でっかちで中途半端な所にいたと、後々自覚するに至ったのです。

しかし、同時に、その当時の限界を感じているジレンマは、その先の光を求め、触れてゆくための大いなる動機になっていたのもまた、後々自覚するに至ったのであります。

今日も最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。